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yorikosan’s blog

思いつくけれど口に出しては言えない事を書くブログ

やたらと外国語を使う人

私は「メンター」という言葉があまり好きではない。

聞き慣れないせいなんだろうけれど、そういう人の前では「メンターってなんですかあ?」と言いたくなるときがある。

相談相手、指導者、師匠、助言者、等日本語で返ってきたら、

「そういえばいいじゃないですかー」

と返せたら少しは心が楽になるのだろうか。

 

先日「メンターが…」とやたら言う人にお会いしたが、自分から見るといけ好かないという言葉しかなかった。

事情はお聞きしなかったが、どうもそのメンターは精神科医かカウンセラーな気がして、お近づきになるのに躊躇した。

優秀そうな方ではあったが、会話の端々に自分には受け入れられない何かを感じてしまった。

某経済評論家の女性のメールマガジンを読んでいると言っていたっけ。

 

「マター」という言葉を使う女性もいた。

その女性は外資系の会社にいたので、日常的にそういう言葉を使うのだろうと思ったが、「案件」で良くないですかと思っていた。

彼女の「お前のやることじゃねえかよ」という心の叫びが「マター」という言葉でデコレーションされ、相手に届けられるのだろうと思った。

 

「あなたが勝手に決めているだけで、こちらだけが責任をもつ案件ではありません」

と自分は思っていたので、責任の押し付け合いの時に、使っている本人には便利な言葉なのかもしれない。

 

政治家が使う外国語は使い方によっては良いと思っている。

「どうせあなたたち庶民は何をやったって文句をいうんだから、あなたたちのわからない言葉で煙に巻いてその文句を減らしますよー」

と言ってるんだよね、あれは。

東京都知事になられた小池百合子氏に対する「小池イングリッシュ」という造語は最近の自分のお気に入りである。皮肉がきいてていい言葉だなあと思った。

使っている言語が多岐にわたり、イングリッシュはごく一部なのもおかしかった。

 

わかりにくい言葉を使って、わかりやすい事を説明して、相手をわかった気にさせるのはそんなに難しい事ではない。

わかりにくい事を、わかりやすい言葉を使って、相手に伝えるのが難しい。